視点を置くのはホドホドの俯瞰で

昨今は苦境に追いやられるケースが多いせいか、極端に視野狭窄な人が増えている気がする。「エッ、たかだかその程度のことで、なんでそこまで怒るのでせうか???」と目が点状態になるシーンがしばしばあって、「この国はいったいどこへ向かって走っているンだろう・・・」と不安にかられたりする。

より広範囲を見つめられるように、といった意味から「視点は俯瞰(ふかん)の位置におこう」というふうによく云われる。それはスゴク納得のゆくコトバなのだが、俯瞰するにも限度があって、あまりに高すぎると細かい部分がほとんど見えなくなってしまう。

社会運動家には極端に近視眼的な人が多く、「そこまで近いと、見ているようで何にも見えてないでしょ」と云いたくなってしまう。その反面、バッジを付けて永田町に居座っている人(=政治家、ではない)の中には俯瞰にもホドがあるような人もいる。ほとんど「衛星写真」のような高度から庶民の生活を観ている感じで、今度は「そこまで離れちゃうと、見ているようで何にも見えてないでしょ」と云いたくなってしまうのだ。

見るべきものは、やはり適度な高さからでないとちゃんとは見えてこない。政治に携わる人間には、確かに俯瞰の視点を持つことが必要だが、その高さはせいぜい「航空写真」程度に留めておいてもらいたいモンであります。

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