厚遇されないのは虐待だ

「他人から何かされる」ことで傷つくのなら判るが、「他人が何もしてくれない」ことで傷つくというのはおかしなモンです。でも、そう考える人が増えているのではないか? という気が僕にはしてなりません。

「自分がやりたいことをする」というのは人間にとって最大の喜びなわけですから、それが叶ったらもうとりあえずは満足できるはずなんです。けれどもそれだけでは飽き足らない人たちがいる。つまり、自分がやっていることに対して周囲が「称賛」してくれないと不服なわけです。

その感情が高まると、他人から「厚遇」されないと、まるで「虐待」されているかのような感じになってきたりする。「やりたいことが出来ている」という究極の喜びを掴んでいるはずなのに、ホントに勿体ない話でありますネ。

「他人は他人、俺は俺。世間がまったく振り向いてくれなくたって別に全然かまわないんだもんネ」という割り切り思考でいければ楽なんだけど、親から過剰にヨイショされ続けてきた人の場合は「評価されないのは屈辱だ」となってしまうらしい。だから僕は、「子どもなんてモンは、六割ケナして四割ホメる」くらいが丁度いいと思うワケです。

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