「定年」と「老後」を憎む

日本をヘンにしたものに「定年という制度」と、「老後という概念」があると思うのだ。前者は「サラリーマン」という働き方が一般化するのと並行して広まった。ウチは自営業なんで今ひとつピンとこないのだが、代々サラリーマンの家柄の人なんかだと、子どもの頃からもう「定年」というのを「人生の分岐点」として捉えていたりする。

老後という概念も、定年という制度が生んだものだと思う。つまり「定年退職した後が老後」という定義なのだ。しかし僕はさっきも云ったように勤め人の子じゃないし、現在もカタギの会社員ではないので、定年というものは訪れない。だから必然的に「老後」というのもない。あるのは「生きてるか、死んでるか」「体が動くか、動かないか」の区分だけだ。

定年というのは他人が勝手にあてがってくるお仕着せだから、そんなモンは無視してやればいいのである。日本人というのは「働くこと」がアイデンティティの根幹であり、自己肯定感の源泉なのだから、「働くことを辞めてブラブラすること」を幸せだと感じられる人間なんてそうはいないと思うのだ。

僕はいつまでも自分を好きでいたいので、体が動く間は働いていたいと思う。だからこそ、それを妨げる「定年という制度」と「老後という概念」を憎むのだ。

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