「良い政権」とは「戦争をしない政権」

国の内外を問わず、キナ臭い状態が続いている。洋の東西・大国小国に関係なく、野卑で暴力的でいたずらに敵愾心やら憎悪やらをかきたて合うような空気が国際社会に蔓延している感じなのである。

「強い」とか「デカい」とか「裕福」だとか「賢い」だとか、国の真価の置きどころは色々とあるだろうが、いずれにしても大半の国々が「周囲を出し抜く」ことに重きを置いているだろう。

後進国では確かに不利な状況に置かれがちだろうし、悔しい思いをすることも多いかと思う。ただ、あるコトないコト並び立てて他国を悪罵したり(昨今の日本叩きのシナリオを「戯曲」と呼んだ知り合いがいるが、云い得て妙なり)、これみよがしの軍拡で脅しをかけてまで優位に立とうとすることはいかがなものか。

様々な毒気にあてられて日本も徐々に常軌を逸しはじめているが、根幹たる政府はどういうヴィジョンを持ちながら国家運営をしているんだろうかネ? 「良い政権」というのが何かは各人で異なると思うのだが、僕にとってのそれは「戦争をしない政権」なのである。

人は結構たくましいドーブツだから、たとえどんな状況下であっても戦争さえしなければ、国民はどうにか生きていけるものだと僕は思う。もう帝国主義下の食うか食われるかの時代じゃないんだから、昔みたいな武装はしなくてもいいんじゃないか、と。

その代り、「戦争をしないで済むための戦い」というのはこれまで以上に必要である。根回しだったり話術だったり工作だったりを駆使して流れを良い方向へと変えていくのだ。それができる政権だったら、僕はちゃんと支持していくつもりなんだけどなァ・・・。

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