団塊世代の「ちょっと変だナ」と思う部分

仕事柄、幅広い年代の男女と顔を合わす機会が多いのだが、団塊世代の人々に関してひとつ思うことがある。それは「政治関連の意識の持ち方がちょっと変だナ」ということだ。ここで云う「政治」とは狭義のソレではなく、「快適に暮らしていくための地盤整備」のことである。

ザックリ云うなら、彼ら彼女は「戦後のいちばん熱い時期に青春期を送った世代」なのだから、何に対しても一家言あるような印象を抱いていたのだが、どうもそうでもないのである。僕のような「シラケ系ノンポリ派バブル世代」ですらソレナリのことを考えて憤っているのに、それに対する意見を求めても「怒っても仕方ない」「世の中はそんなモンでしょう」的な返答ばかりで、ノレンに腕押しもいいトコなのだ。

たとえばそれが「20年後には確実にこの世にいないであろう世代」のモノ云いであるのならば、僕もあまりウルサイことは口にすまいと思う。「今をどう面白おかしく過ごすか」というのを最優先させるのも「あァ、ヨロシイですなァ」くらいのコトバもかけてあげられるだろう。

けれども60いくつか程度のヒトたちなんてのは、いまどきは「年寄り」とは云わない。「戸籍年齢×0・7=実質年齢」と云われてるくらいなんだから、まだまだバリバリやってて然るべきなのだ。なのに少なからぬ人々が「世を捨てた老いぼれ」のような感じになってしまっていて、「自分の暮らしを良くするためにはどうすればいいのか?」というようなことを考えている人はホントに希少なのだ。

そういう人が多い反面、いわゆる「市民活動」にのめり込んでいる団塊男女もいるが、それもそれで「どーだろーか」と思わされる。その手の人は、仕事をしながら自炊したり掃除したり洗濯したりといった「生活者としてのアタリマエの姿」が全然見えてこないのだ。「どーゆー暮らしをしてるんだろう」と、その人の自宅の様子を想像すると、背筋に冷たいものが走ってしまう。

市民活動も結構だが、それが個人レベルで考えながら行っているものではなくて、単に「でっかい流れに無思考にのっかっているだけ」なようなものだとしたら、なかなかに危険である。僕は「社会運動というのはイデオロギーではなく、皮膚感覚で行なうモノ」だと信じているので、日々の暮らしを大切にしない人間の活動にはウサン臭さを感じずにはいられないのだ。

いま僕が「共有してほしい」と願い、『薔薇族』を通じて訴えている事柄は、ぜひ団塊の方々も巻き込みたいところなんだけれども、なかなか上手くはいかない。政治に関して醒めすぎている人も熱すぎる人も、ほどほどのレベルの思考で、一度じっくり考えてみてほしいのである。

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