伝統芸能的市民運動

市民運動、と呼ばれるものは様々なジャンルにわたって色々とあるが、はた目から見ると「伝統芸能じゃないか?」と思うくらい頑なに、「先人の方法論を踏襲しつづけている」ところが結構ある。見かねた僕が「いや、そのやり方は過去にも失敗してるんだから、続けてもしょうがないんじゃないの? それよりも、×××とかにしてみたらどうスか」と進言してみても、「そんなことはできない」の一点張りで却下。う~~む・・・。

このあたりはじつに難しいところなのだが、「正しいことをしているんだから改革などは不要」という想いや、「正義を実行するうえで余計な小細工なんてするのはおかしい」といった信念が働いているのかも知れない。しかし、どんなことであっても、「その時々の社会性をかんがみながら戦略を練る」というのは当たり前のことであり、社会運動にだって適用されて然るべきだと思うのである。

今の時代、社会運動の最大のバックラッシュは生活不安からくる「他者への非寛容性」であり、そこから派生する「疑心暗鬼」や「ねたみ」である。そこをどう抑えるのか、あるいは「刺激しないようにする」にはどうしたらいいのかを最優先課題にしていかないと、訴えの核心に到達する以前に運動自体がポシャッてしまうことは必定である。その辺りにどのジャンルの運動体が最初に気づくのか・・・僕はそこに注目しているのである。来年は、果たしてそういうところが出てくるのかなァ~???

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