ずっといてくれると思ってた人

世の中には「いつまでも、ずっといてくれるンじゃないか」と何となく思っているような人がいる(まァ、そんな人なんているはずないンだけどネ)。先日、82歳で亡くなった声優の永井一郎さんも、僕にとってはその一人であった。

洋画、アニメ、特撮(最近では「ゲキレンジャー」のマスターシャーフー、古くは「ゴレンジャー」の野球仮面!)、ナレーションと、ありとあらゆる「声の仕事」に携わってこられた永井さんだったが、やっぱり僕にとっては「ミスターTVアニメ」といったイメージの方で、「昭和期のアニメで永井さんが全く関わらなかった(=ゲスト出演すらしなかった)作品ってあるンだろうか?」と思ってしまう位である。

僕が昔、とある劇団の研究生だった頃に教わっていた役者さんは声優としても有名な方だったが、いわゆる「子ども番組」にはドライなスタンスを保っていた。僕たちが「あの作品のあの役は良かったですネ!」とミーハー丸出しで話しても「仕事だもん」の一言で終わり、取りつく島がない感じだったのだ。まァ、あの世代の方には「声優仕事は本業(舞台公演とか)の活動資金を稼ぐための副業」と考えている方が多かったしネ。

けれども永井さんはそちらとはちょっと違うスタンスで、もちろん「仕事としての割り切り」はあったろうが、同時に「アニメ業界の一員」という意識も持たれていたのではないかと思う。『ガンダム』が人気となり、録音スタジオの周りに毎週たくさんのファンが声優さんの「出待ち」をしだしたとき、永井さんが集まったヤジウマにむかって毅然と「お説教」をした、というエピソードは、そうした意識なくしては生まれなかったろう(単なる「仕事」ならば、わざわざ憎まれ役を買うようなことはしないデショ?)。

ガンダムのプラモデル(いわゆる「ガンプラ」ってヤツ)が売れに売れまくっていた80年代には、発売元である「バンダイ」のラジオCMソングなんかも歌っていて、その仕事の幅広さに驚かされたりもしたが、そのフットワークの軽さも「ミスターTVアニメ」ならではのものだったんだろう。

不謹慎を承知で云うが、「呼ばれて行った地方で昼間に仕事し、夜にホテルで倒れてそのまま帰らぬ人に・・・」というのはアッパレというか理想的というか、たぶん多くの人が望みながらも叶わぬ最期であると思う。昔でいえば「ぽっくり信仰」、最近ならば「PPK(ピンピン・コロリ)というのがあるが、見事にそれを地でいっているのだ。こういう最期を遂げられる人というのはたぶん「徳を積んだ人」なのだろうと思う。偉大なる「ミスターTVアニメ」のご冥福を祈る。合掌。

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