「成長」はいつから「老い」に?

『薔薇族』の「オールド薔薇族よ・・・」の原稿を書きながらフト思ったのだが、ある時期まで「大きくなった(成長した)」と云われていた現象が、いつの間にやら「老けた(老化した)」と云い換えられてしまっている。

たとえば「10歳が20歳になった」のならば、たぶん誰しもが「大きくなったねェ~」と目を細めるだろう。けれども「40歳が50歳になった」場合は、たいていの奴が「老けた・・・ねェ・・・」と目をそらしがちになる。成長というのは要は「肉体の老化」だから、子どもだって着実に「老けている」のである。けれども小学生に向かって「ずいぶん老けたなァ~」なんて云う奴は多分いない。

あえて「成長」と「老い」に境界線を設けるのならば、「肉体が成長しきった時」だろうか。けれどもこれには個人差があるだろうし、15歳で「お前ももう大人だな」と云われる子がいる反面、四十路になっても親からお年玉をもらっているトッチャンボーヤだっている。後者の親は、たぶん死ぬまでわが子の加齢を「成長」と見ているだろう。

僕は以前に「老後」と「老前」の境界線についても言及しているが、世の中にはとかくアイマイなことが多すぎる。気にならない人は全然気にならないンだろうけど、気になるタイプとしては気になってしょーがないのである。こういった部分は小学生の時分から変わっていないので、こと精神面にかんしては、僕はまだ「成長期」にいるンだろうかネ?

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