世代間のいさかいはたぶん人類の伝統

寺山修司氏の『ドキュメンタリー家出』(ノーベル書房/河出文庫)の中に、こんな一節があった。

僕らは老人が不幸になるのを望んでいるわけではない。(中略)彼らは彼らの安楽を、楽しい人生を待つがよい。ただ、額に汗の経験や徒弟奉公の愚にもつかない苦しみを押しつけて、僕らの足を踏み潰すのはやめに願いたい。

こうした苦情(?)はいつの時代も、ドコの場所でも、たぶん普遍的に生み出され続けているものだろう。昭和10年生まれの寺山氏も書いているのだから彼が若かった当時も、というか人類に「世代分け」というのが始まった時点から伝統的に。

「先人たちへの畏敬の念」というのは、人並みの知性を持った者ならきっとソレナリに有しているかと思う。かといって「どーだ、俺はすげェだろう?」的なことを云われたり、「俺たちみたいにしろ!」とか云われたりしたら確かにウザい。

だから「自分はすまい」と肝に銘じてはいるのだけれども、しかし多分やっちゃうンだろうなァ、と思う。というか、もうすでに無自覚にやっていることだろうネ。

「俺はやらん!」とか豪語しといてやっちゃうとミットモナイので、慎重派の僕としては「出来るだけやらん! ・・・ように気をつけます」程度に抑えておこう。ウン。

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