メディアに「恫喝」は効かない・・・はずだが

昨今はクレーマーの域をはるかに超えた「恫喝屋」というのがどこにでもいるが、ことメディアに関しては、それが通用する余地はないはずなのである。だってソッチを脅かしたりなんかしたら、「みなさァ~ん、私たちはいま××から恫喝されておりまァ~す!!」とか大々的に報じられて、悪事が露見してしまうワケだから。

ところが、「現実はさにあらず」で、大手になればなるほど、いともたやすく圧力に屈してしまったりする。相手が政権だろうが市民だろうが、とにかく「俺を怒らすと怖いぞオラァッ」とスゴまれるとアッサリ白旗を掲げ、自社制作の記事や番組を引っ込めてしまったりするのだ。

もちろん、僕が見ても「なんじゃァこりゃァ~!?」と絶句するようなヨタ記事やポンコツ番組はあまた存在するけれど、だからといって「一個人(または一団体)の思惑で封印して良い」ということにはならないし、そんなことにでもなったら日本はトンデモナイことになってしまう。

「市民」を標榜される人々の中には「平和運動」の名の元に、自分たちが「危険」とみなした物件を闇に葬ろうと画策する一派が存在するが、世の中を「平和から最も遠い場所」へと運び去るのは、「自由にものを云えない/自由に情報を得られない社会状況」だということを忘れてはイカンのである。

たとえ「屁みたいな言説」であっても、好悪とは別の次元で「発信する自由を守る」ことが絶対に必要なのだ。だから「正義」の名のもとにメディアを恫喝するようなことはしてはいけないし、メディアが恫喝に屈するようなこともあってはならない。このあたり、ちゃんと理解していかないと、いつかオッカナイことになってしまうゼ。

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