性教育エンジョイ世代

性教育というジャンルを封印しているのは俗に「保守派」と呼ばれている人たちであるが、彼ら・彼女らがそれを行う最大の理由が「余計な知恵をつけることで寝た子を起こすな」というヤツだ。あの人たちは「何も教えなければ子どもは子どものままでいられるのだから」といったおとぎ話みたいなことを口にするが、ンなワケあるか~~~~いッッ!!

この世に「性的なもの」がある限り、性教育があろうが無かろうが、人というのは「盛りがつく」ように出来上がっているのだ。オトコであれば大体「小3」くらいからエロいこと(もの)を嗅ぎつけるアンテナやレーダーが起動し始め、様々な情報を取集しだすのである。

正直、僕も性教育というのはされた記憶がないのだが、それでもクラス内で『愛と性と赤ちゃん』と『おとなへの出発(たびだち)』という2冊の「児童用性教育本」がベストセラーになっていたので、いわば「自主的性学習会」みたいなモンが教室内で開かれていた。だからまァ、それなりに正確な知識は仕込むことができた。テレビでも、手塚アニメの『ふしぎなメルモ』とか流してたしネ。

僕らが読んでたような資料本が、果たして今でも流通しているのか、それを子どもが手にする機会があるのか、そうした資料に興味を示せる知的好奇心を持った子供がどれほどいるのか・・・そのあたりは、思春期の子どもが身近にいない僕には定かではないが、もしも性知識の仕込み元が「ネット経由のマニアックAV動画」とかばっかりだったらコワイなァ~。いずれはそーゆージャンルに到達する運命であるにしても、ものには順序というのがあるのだ。

僕より上の世代は「オナニーするとバカになる」みたいな迷信にさいなまれたそうだが、「性知識が乏しい」というのは悲劇的な状況を産みやすいのである。そう考えると、親や社会が適度にユルかった(=迷信からは解放され、性教育を禁止するほどの神経質さがない)僕らの少年期が、いちばん幸せだったような気がするなァ~。

ちなみに前述の『おとなへの出発』では「オナニー」の語源となった逸話(?)が、『デイモスの花嫁』で知られるあしべゆうほ氏によってマンガ化されていた。60~70年代って「性教育本/性科学本」が結構ブームでヘンな本がいっぱい出されていたのだが、あーしたブームがもういっぺん来ないかなァ~。

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