権力に無自覚な権力者

「日本維新の会」の中田宏議員(むかし横浜市長だったヒト)が「衆院総務委員会」において、NHK制作のバラエティ番組を低俗扱いしたとして、ちょっとした騒ぎとなった。同議員は後に「特定の番組を否定するつもりはなかった」とTwitterで謝罪したそうだが、まァ「NHKの上層部を委縮させた」ことだけは間違いないだろう。

「NHKがわざわざ民放のバラエティのマネをする必要はない。公共放送は『公共放送でしか作れない番組』を放送するべきである」という中田議員の意見には僕も賛同する部分は大きいが、しかしやはりあのテの人たちが公的な発言をする際には「自分の声の届き方」というのを考えるべきだろう。

「居酒屋で仲間相手にダベっている」のであれば、あるいはもっと辛辣なホンネを口にしたって構わないと思う。けれども、曲がりなりにも議員バッジをつけている者が口にすることは「その場のノリでつい云っちゃった」では済まされないのだ。「権威」というものを過大に受け止めている人たちにとって、権力者から「批判」(と受け取られるであろう発言)をされるというのは、身が縮まるような重大事なのである。

中田議員にとっては「別にそんな意図はなかった」かもしれないが、今回の件は「権力に縛られてはいけないはずのメディアに対し、国会議員が不当な圧力をかけた」と云われても仕方がないようなことなのである。そのあたりの自覚が持てていないのであれば、これはもう「議員になるうえで不可欠なセンスが欠落している」と云わざるを得ない。

「発言の選択センスの重要性」というのは何も議員だけに限った話ではなく、あらゆる人間に関わってくるものである。たとえば「放言タレント」とか呼ばれている芸能人であっても、「売れている人」というのはそのあたりがキチンとできている。できていなければ売れっ子になることなんてできないのだ。サテ、僕はどの程度やれているのだろうかネ?

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