「選挙費用」を負担するのはゴメンだゼ

国会議員の「歳費」は庶民感覚でいえば「高額」だが、もらう側にとっては「現状でも少なすぎるくらい」だという。税金を払う側が「貰いすぎじゃないか」という声をあげた際、議員の側が決まって云うのが「これだからシロートは困る。『政治』というのは金がかかるものなのだ」というヤツだ。

東日本大震災を機に実施された「国会議員歳費2割削減」に反対する自民党・石破幹事長は「選挙や政治にかかる金の捻出法を議論しないまま、やみくもに歳費削減ばかりを口にするのはおかしい。このままだと新人議員が政治活動に支障をきたす」という旨の主張をしているが、そもそも「ココに違和感をおぼえる庶民が多い」のではないだろうかネ。

「政治活動には多くの金がかかるのに、いつまでも歳費カットされたままでは新人議員が生活困窮におちいって可哀相」というようなニュアンスで石破サンはおっしゃるが、その「金がかかる」の内容が「次の選挙を見込んでの有権者(支援者)への顔つなぎ」でしかないのならば、我々は「パトロン」としてもっと怒りを表明したっていいのではないか? 多くの国民がなけなしの稼ぎから納税しているのは「良い政治ができるようにするため」であって、「選挙費用にカンパするため」ではないはずだ。少なくとも、僕にはそのつもりはないゼ。

「政治に金がかかる」のではなく、「選挙に金がかかる」のが実情であるならば、「選挙に一定額以上の金がかけられないように法改正」すればいいと僕は思うのだが、果たしてそれは「青臭い理想論」なのですかネ?

僕は「議員定数削減」には基本的に反対で、「現状のまま人数だけ減らす」ようなことをしたら、単に「シタタカな古狸の濃度が上がる」だけで、かえってヤバイ状況になると思うのだ。それよりは「資金の乏しい一般人でも容易に立候補できる」ように改革したほうがずっと意味がある気がする。現状では結局「金かコネか知名度のある非・庶民」しか選挙に勝てないようにできてンだもんネ。

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