「気遣い」と「事なかれ」

「物事の核心には触れず、明言を避ける」ようなタイプは世の中に少なくない。それに対する評価は人それぞれだろうが、「気遣いの人」というのには違和感を否めない。僕から見れば、単なる「事なかれ主義」に過ぎないからである。

町内のオッチャン・オバチャンとかならば、まァそれでも構わないと思うのだが、仮にも「政治家」を標榜するような人間がムニャムニャ状態では困る。昨今は「未来の首相候補」と呼ばれるようなポストにある議員であっても「自分のコトバで喋らない」「確固たる理想を明かさない」タイプばかりで、有権者としては適性判断のしようがないのである。

とはいえ、そうした傾向の背景には有権者側の「悪しき教条主義」があったりするので、そちらをどーにかしないことには事態の改善は望めない。鵜の目鷹の目であげ足をとって「失言だ!」「辞任せよ!」ばかり言っているのでは、どんな才覚のある人物でも本領発揮なんかできやしない。

政治家に不可欠なのは「清廉さ」ではなく「トラブル回避能力」なのだということを、皆もうちょっと理解しないとネ。「事なかれ主義の薄っぺらな優等生」を「気遣いのできる人格者」と見誤るようでは、この国に先はない。有権者はもうちょっと大局的な見地に立って、議員を評価しないとイカンだろう。

評価の結果、「失言するうえに能力もない」ような輩だと判ったら、そんときゃ容赦なく政界から叩き出してやればいーのである。

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