正確には「サードライフ」?

昨今はの流行りコトバに「セカンドライフ」というのがあって、これは「現役職業人を退いた後の生活(ほぼ「年金生活」とイコール)」の意味なのだそうだ。ザックバランに云うなら「ヤなことを我慢した後のご褒美期間」ということになり、少なからぬ人たちがコレを「心の支え」にしながら生きているのだという。

けれども僕から見ると、「職業人」となる以前にもうすでに「苦役期間」を過ごしている人が少なからずいる気がするのである。それはつまり「受験地獄」と呼ばれるもので、強権的な親や教師によって「子ども時代や青春期をマトモに送らせてもらえない」人間が相当数いると感じるのだ。

受験地獄に落とされた生徒・学生に対し、天の声は「一流大にさえ通ってしまえばバラ色の大学生活が待っているのだ。だから、合格までは私心を捨てて受験に専念せよ」と囁く。けれども仮に一流大に入ったところで、待っているのは「バラ色の大学生活」ではなく、「一流企業に入るための準備期間」である。要するに「第一苦役期間(生徒・学生時代)」→「第二苦役期間(職業人時代)」と2つの苦役が重なっているのだから、年金生活期は「セカンドライフ」ではないのでは? と思うのだ。あえて云うなら「サードライフ」なのでは? と・・・。

僕の場合は「受験勉強」というのをほとんどしたことがなく(なんせ「高校入試」以外の受験はしたことがないので)、また社会人になって以降も「苦役」というほどのものは味わったことがない(極端に理不尽だと思ったらアカラサマに文句を云うので、苦役になる以前にクビになっちゃうのネ)。だからセカンドだかサードだかを待望することもなく、子ども時代から連綿と続けてきた「面白半分ライフ」を、体の自由が利く限り継続するのみである。

ここまで読んで「自分の幸せを自慢してンじゃねーよ!!」とムカついてる人もいるかと思うが、いやいや、アナタだってその気になれば僕と同程度の人生は得られるのである。「その気になる」というのは、つまり「社会的ステータスに背を向ける覚悟を持つ」ということだ。「他者から褒められたい、羨ましがれらたい」といった俗欲さえ棄てられれば、人間たいがいのことができるモンなのです。

苦役からのドロップアウトができれば、もうセカンドライフなんてものに希望を託さなくて済むようになる。苦役の重さに潰されそうになっているアナタ、ダマされたと思って僕のススメを実践してみれば?

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