「友達親子」とスポ根世代

他人のことを「かわいそう」呼ばわりするのは好きではないが、近年多い「友達親子」についてだけは「かわいそうだなァ・・・」と心から思ってしまう。

子どもにとっての「親(特に、自分と同性の)」というのは「乗り越えるべき目標(壁)」であり、「コンチクショー! 今に見返してやるゾ」とファイトを燃やさせる発奮材料なのだ。たとえ最後まで超えられなかったとしても「乗り越えるための努力をした」という自覚は大きな心の糧となるはずだ。けれども相手が「友達(=同格の存在)」なのでは壁にはなりえず、確執が起きない代わりに成長も望めない。

親がどうしても壁になりえないのなら、誰か近場にいる「目上の人間」が代わりを務めればいいのだが、友達親子で育ってしまった人の中には「目上を目上と思わない」タイプが少なくない。親を友達扱いするくらいだから、「上司」だろうが「先輩」だろうが「タメ(同等)扱い」するのも当然といやァ当然なのだが、他者に対して「畏敬」も「畏怖」も抱けないというのは、僕から見れば不幸である。

認めようが認めまいが、「自分の前に立ちはだかる壁」というのは厳然として存在する。そうしたものに立ち向かうのは「人生の醍醐味」であると思うのだが、それは「スポ根ブーム」だった時代に人格形成された世代ならではの古い価値観なんでしょうかネ?

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