一般論に乗っかると絶望する時代

世の中が「総中流」と呼ばれていた時代には「一般論(=多数派の道筋)」を踏襲することで「ソコソコ無難な人生」が送れていた。代表的な例を挙げるなら「イイ学校→イイ会社→イイ老後」という人生設計で、実際それはまーまー実現されていたのである。

けれども今は、そもそも「総中流」という大前提が成立しないのだから、そこを土台とした「「イイ学校→イイ会社→イイ老後、という人生設計」も崩れてしまったと見るべきだろう。にもかかわらず、そうした現状を理解できない親や教師は、いまだ「有名大学&安定大手企業の神話」を捨てきれず、「とにかく大学に行け。そして正社員になれ。そこから外れれば人生は終わりだ」という強迫を子どもにし続ける。

だが、仮に「名の通った大学」に上手いこと受かったところで正社員になれる保証はないし、正社員になれたところで「健康な心身を保ちながら定年を迎えられる」保証だってない。結果、「一般論が規定する安定コース」から滑り落ちて、絶望する人間のなんと多いことか。

親や教師が、もしも「いまは一般論に乗っかると絶望する時代だ。世間の空気に左右されず、自分のモノサシで測った幸福を追求せよ」ということを小さな頃から教え込んでいければ、もうちょっと状況は変わると思うのだが、なかなかそうはいかないようだ。

高校のセンセイに以前、「あなただって生徒の皆が皆、大学に進むべきだとは思っていないでしょ?」と訊いたところ、そのヒトは「はい」と云った。次に「でも、『行きたくないなら無理に進学しなくてもいいんだぞ』と云うこともできないンでしょ?」と訊いたら、やっぱり「はい」とうなずいた。そんな「暴言」を吐いたら、たちまち生徒の親や同僚・上司から吊し上げをくって職を失ってしまうのだ。

こうした流れが変えられないようなら、子どもたちを取り囲む閉塞的状況は改善されないだろうし、むしろ状況はさらに悪化するだろうネ。こんなこと、親でも教師でもない僕がどれだけ云ったところで説得力が全然ないので、早く当事者の誰かが立ち上がって歯止めをかけて欲しいモンです。

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