「嫌な奴」はちゃんと嫌おう

誰だって「何らかの信条」を持って生きていれば「コイツは許せねェ!」と感じるヤツの1人や2人は必ずいるはずだ。だから「誰(何)が嫌いなのか」を聞けば、その人の考え方が分かってきて、相互理解の道が開けるのだ。ただし、残念ながらこちらが水を向けてもホンネを明かせる人間というのは数少なく、大抵の人間がお茶を濁すばかりである。そのため、腹を割って話せる人間にはなかなか出会えないのが現状なのだ。

ホンネを口に出来ない人は「誰とでも仲良くしなければいけない」「他人を批判してはならない」等々の幼稚な道徳観に縛られている場合が多いが、それが破たんした理屈だということはすでに明らかである。学校であれ職場であれその他のコミュニティであれ、「無理矢理な仲良しゴッコ」だとかを強制すれば、必ず何らかの副作用が生ずるのだ。その顕著な例が「イジメ」であり、無理にくっつけなければ起きなかったはずのものである。

「嫌な奴をちゃんと嫌う」というのは精神面のデトックスであり、不要なストレスを溜め込まないための健康的行為なのだ。だから、みんな、「嫌な奴」のことはちゃんと嫌おうじゃないか。ただし、憎んではイケマセン。「嫌う」のは建設的な行為だが、「憎む」のは不毛なのでやめといたほうがいい。「憎む」というのは「愛する」に等しいエネルギーを要する行為なので、嫌いな相手のために有限なパワーを割いてしまうなんて「アホらしい」以外のなにものでもないのだ。「こいつ嫌いだな」と思ったら、そいつの行く(いる)場所には極力近づかない・・・というのが賢明な選択なのである。大丈夫! 人間なんて世界に腐るほどいるのだから、無理して嫌な奴と付き合わなくても、友達になれる相手はいくらでも見つかります。

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