子どもへの情操投資は基本「ムダ」だと思え

「情操教育」の名のもと、わが子に様々な「投資」をする親御さんは少なくない。「どこかへ連れて行って見聞を広めさせる」というやつだ。とはいえ、それはかなりの確率で「徒労に終わる」ことを覚悟しておくべきだろう。

ぼくの場合も、親は家族旅行で様々な「情緒あふれる地域」に連れて行ってくれたのだが、残念ながらそれを楽しいと感じることは皆無に近かった。「飛騨高山の合掌造りの民宿」なんて、いまだったら「それはまた風情あふれる結構なものですなァ」くらいなことは思えるのだが、中学時代のぼくには全然良さが判らなかった。

修学旅行にしたってそうで、奈良とか京都とかの寺社仏閣めぐりは、いまだったら心から楽しめるのだが、やっぱりガキの頃は「退屈」の二文字で終わっていた。だからもっぱら生徒の関心は「土産の木刀とフトンにもぐっての怖い話」に集約されるのだ(ぼくらの世代で云えば)。

とはいえ、である。即物的に考えれば「ムダ」でしかない「情操教育」も、長い目で見れば「何らかの益をもたらしたりする」のだ。たとえその当時には全く心に響かなかった旅行でも、「行った」のと「行かなかった」のとでは天と地ほどの差があるのである。

「そーいや行ったっけなァ・・・」という記憶は必ず何らかの影響を心に及ぼし、わずかながらでも潤いをもたらしてくれる。たとえばぼくの場合は「昔は知り得なかった価値を今になって知り、改めて行き直してみようかとも思っている」のだ。

そんなワケで親御さんは「ムダになってもいいや」という覚悟のもとで、お子さんに様々なものを見せてあげてください。ぼくのばあいは「親の想い」を理解するのに30年以上かかったけど、お宅の子は20年くらいで判ってくらるかも知れないし。

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