あえて差別用語が必要なケース

ローカル局を観ていると、関東キー局ではこの頃とんとお目にかからなくなった「昭和期の番組」の再放送がたっぷり楽しめる。そちらを観ていてホッとするのは「差別用語(差別的表現)」という名を着せられて近年、作品に用いられることのなくなったコトバたちがちゃんと登場することだ。

いや、べつに「そーゆーコトバをどんどん使え」とか、勘違いマッチョみたいなことを云いたいワケじゃない。ただ、「コンプライアンスなんて概念が微塵もなかった時代を描いた作品」の中で「福祉方面各所に配慮した表現」が存在するのは「誰がどー考えても不自然」と云いたいだけなのだ。たとえば300年前の世界を描いた作品の中で「路上生活者」とか「目が不自由な人」なんてセリフが出てきたら「歴史公証ゼロ」と物笑いになっちゃうでしょ? そーゆーことですヨ。

差別用語については以前に亀井静香氏が朝のワイドショウの中で「コトバ狩りなんかしてたら文学が死んでしまいますよ!」と司会陣が固まってしまうような自論をぶちかましたことがあったが、ぼくも全く賛成である。「現実の社会の中で云うべきではないコトバ」と「創作の中で用いなければおかしいコトバ」の区別すらつかないのだとしたら、日本なんてとんだ三等国だわサ。

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