「毒舌」とゆーコトバが嫌いだ

「毒舌キャラ」とか云われるポジションがテレビ界にはあるが、いい加減やめてほしいモンである。中でも腹立たしいのは「当たり前の意見をハッキリ云うこと」と「反抗期の幼児的暴言」が一緒くたにされて「毒舌」扱いされてしまっていることだ。これには観る側の民度の問題もあるが、ミソとクソが混同されてしまうようでは世も末である。

毒舌ワクを埋めるべく、「マジョリティ側の常識に、ナントカの一つ覚えみたいにただひたすら反対するばかり」みたいな芸なしタレント(文化人カテゴリーも含む)を引っ張り出すテレビも多いが、べつにいーじゃないの、無理矢理に両論併記をしなくても。その場に誰もアンチ派がいないなら、そのまま押し通しちゃえばいいだけの話であろう。

誰しもが「おかしいと感じるものをおかしいと云える」ような状況になれば、毒舌なんてアホなコトバはなくなるだろうになァ・・・と思う。けれども社会的立場だったり、気弱な性格だったりの問題で、なかなかそーゆー風にはできない人が多いのが現実である。そういった人たちのフラストレーションを代理で晴らすのが、つまり「毒舌キャラ」であるわけだから、なかなかに根は深い問題なのだ。

ちなみにぼくは毒舌キャラではありません。「もっと多くの人や物をホメたい」と常々思っているのだが、なかなか「ホメたくなるような対象」が見つからず、「なんじゃこりゃ!?と思わされる連中」ばかりが目につくので、必然的に説教口調になっちゃうだけの話なのだ。ああ、もっと色々とホメたいなァ(本音)。

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