受け入れること、抗うこと

こないだ『宇宙戦艦ヤマト』のことを考えながら歩いていたら、フトひとつの疑問が浮かんだ。

惑星イスカンダルの最後の生き残りである女王スターシャは、負傷して宇宙を漂流中のところを保護していた地球人・古代守をヤマトに託し、自分は母星と運命を共にする決意をしていた。しかしその後、ヤマトの女性乗組員・森雪(←森泉の妹に非ず)から「運命を受け入れるだけでは愛は実りませんわ」と説かれ、守に本心を明かした。その結果、守はイスカンダルに残ってスターシャと生きる決意をしたのであった。

つまり、当初は「すべての運命を受け入れる覚悟」をしていたスターシャが、説得によって途中から「いくらかの運命については抗う決意」をしたことによって「恋を成就させた」わけである。

ぼくの脳裏に浮かんだ「?」はそのあたりにある。要するに「人間は運命をどの程度まで受け入れ、どのあたりから抗えばいいのだろうか?」ということが疑問なのだ。「あまりにジタバタしすぎるのも見苦しいが、あまりにアッサリあきらめてしまうのもいかがなものか」。このように思うのである。

まァ、人生なんてのは「しくじりの山の中から耳かき1杯ほどの“金”を見つけ出す作業」だから、たぶん死ぬまで「受け入れること」と「抗うこと」の見極めに懊悩(おうのう)し続けるンだろうネ。

毎週末「読者茶論」をオープン中
詳細情報はこちらから

『薔薇族』最新414号発売中
お求めはこちらから

年間定期購読もよろしくお願いします
お申し込みはこちらから

都内の『薔薇族』委託店・新宿二丁目/新宿御苑すぐ前「模索舎」
MAPはこちら