退屈を愛せるようになれば

人間というのは贅沢なイキモノだなァ、と思うのは「平穏な日々に退屈している時」である。「平穏さに退屈をおぼえる」というのは、すなわち「生活が安定している」ことであるからです。ぎゃくに「毎日が変かと刺激に満ちている時期」というのは「暮らしが落ち着かない」状態にあって、こーゆー頃には「人生を安定させたいなァ」と願ったりする。嗚呼、われながら愚かしい。

幸せの実感が「退屈」であり、退屈を「つまらない」と感じてしまうのが人間であるというのなら、ワタクシたちはなんとまあ業の深い存在なのでありましょうか。人間以外のイキモノたちが安息にたいして退屈感というのをおぼえるかどうかは分からないけど、この業を克服することができれば、人間はもうちょっとマシな存在になれる気がするなァ。

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