ギョーカイ人化する一般人

テレビタレントというのは、自身の「キャラクター」を商品化して仕事を得る職種である(最近で云えば、おバカキャラとかキレキャラなど)。そういう人たちはソレを演じることが生業なわけだし、プライベートでは素に戻れるのだからいいのだが、なんか最近はそうした風潮が一般人の間にも広がっているんだとか。仲間内でのキャラ設定がそれぞれ決まっていて、それをちょっとでも逸脱すると「どうしたの? らしくないじゃ~ん」みたいなことを云われたりするそうな。

また、日常の会話にショウ的要素を期待するむきもあるという。どーってコトのない立ち話とかなのに、「・・・で? オチは?」みたいなことを訊いてくるそうなのだ。うるせーよ。バラエティ番組じゃないんだから、いちいち話にオチなんかつけてたまるか。

マスコミ界と一般社会というのは、かつてはキッチリ分かれていたが、80年代になったあたりから境界線が急激にアイマイになりだした。それまで主流だった「プロフェッショナル然とした芸能人」よりも、「素人チックな」「フツーぽい」タレントが人気を集めるようになり、テレビの向こう側とコッチ側が混じり合いだしたのである。

バブルの頃には、芸能界を含んだマスコミ業界全般を意味する「ギョーカイ」というコトバが流行し、ギョーカイ人気取りの一般人が急増した。「ギョーカイ人御用達店」とメディアに紹介されたカフェバーとかにはタレントまがい、クリエイターもどきのアンチャン&ネーチャンが大挙して押し寄せ、そりゃもー大騒ぎだったサ!

バブルがはじけて、そうした店は軒並み消えていったが、「一般人のギョーカイ人化」という風潮だけはシブトク生き残った。冒頭で述べたメンドクサイ現状というのはその名残と云えるだろう。

そうしたムードを鬱陶しく感じている人は、臆することなく同調圧力をはねのけようではないか! われわれ一般人は別に「キャラ立ち」する必要なんかないし、特に面白いことを云う義務だってないはずなのだ、と開き直っていこうゼ。

・・・とはいえ僕は、まがりなりにも「面白いことを書くこと」でオアシを頂戴するショーバイなので、そこのところだけは開き直るワケにはいかないんだよナ。まァ、無理はしすぎず、ユル~い可笑しさを追求していきますワ。

毎週末「読者茶論」をオープン中
詳細情報はこちらから

『薔薇族』最新406号発売中
お求めはこちらから

年間定期購読もよろしくお願いします
お申し込みはこちらから