東京脱出バナー

世間の人々は「ムダ遣い」には総じて否定的なのに、なぜだか「ムダ稼ぎ」については異様に寛容です。
「まぁたそんなにお金をムダに遣ってぇ!」とあきれ顔で言う人はいても、「まぁたそんなにお金をムダに稼いでぇ!」と咎めるような人はいないに等しい。
俺がなぜムダ稼ぎを「よろしくない」と考えているのか、その理由を説明しましょう。

不労所得でない限り、我々の「稼ぐ」という行為には必ずいくばくかの「時間の犠牲」が伴います。
お金というのは、当たり前ですが「時間を切り売りした代価」として得られるものですからね。
ゆえに「たくさん稼ぐ=時間の犠牲を多く払う」で、「たくさん稼ぐ人=多くの時間を犠牲にしている人」ということになるわけです。

たくさん稼ぐ人というのはたいていの場合、「収入に見合った家」に住みたがります。
俺は、バブルの恩恵でそれなりに潤っていた時期にも、恵比寿の「風呂ナシ・トイレ共同四畳半・家賃2万2000円」でくすぶってましたが、こういう奴はおそらく特例中の特例です。
この「収入に見合った家に住みたがる習性」というのがクセモノでしてね、ともすれば本末転倒につながりやすい。
「イイ家に住み続けるために高収入をキープしようと無理をしすぎる」という状態に陥る人が多いのです。

一般に「家賃は月収の1/3まで」と言われています。
たとえば「家賃10万円の部屋に住む」としたら、「最低30万円」を毎月稼がないとならない計算です。

これはなかなか高い心的ハードルで、現在の生活水準をキープしようとしたら、給与が変動する可能性のある「転職」という選択がしにくくなります。
もしも転職をして月収が大幅に下がったりしたら、家賃が払いきれなくなるからです。
結果、死ぬほど嫌な会社であっても「辞める」という方法をとれない人が出てきてしまいます。
生活水準を保つために無理して勤め続けた結果、心身の健康を損なってしまったりしては本末転倒もいいトコです。

「10万円の部屋に住むために嫌な会社に居続けるより、5万円の部屋に移って転職したほうがイイんじゃない?」
こういう意見もあって、まさに正論なんですが、「いったん上げてしまった生活レベルは下げられない」という、世間にのさばっている言説がその実践をはばみます。

でも、こんなのはかなりのマユツバで、「人間の順応性」というのは想像以上にスゴイものなんです。
その気になればいくらでも変わることができるものなんですが、しかし多くの人が「その気になる」のが苦手なため、「いったん上げてしまった生活レベルは下げられない」というデマが流布してしまいました。

「家賃10万円が5万円になること」を邪魔するのは、まず「見栄」です。
周囲から「あんな狭い部屋に移るなんて、あいつも落ちぶれたもんだな」みたいなことを言われるのがイヤで、「生活の再起動」ができにくい人は少なくないと思います。
でも、実際にやってみたら、意外と「ホッとする」部分のほうが大きいかもしれない。
「もうこれで、高額家賃の捻出のためのムダ稼ぎをしなくていいんだ」と、ずっと背負っていた肩の重荷を降ろせて楽になる……みたいな。

あと、「根拠のない怖れ」というのも生活のダウンサイジング(縮小化)の大きな妨げです。
高い部屋には「安い部屋にはない設備」があったりしますが、家賃を下げることによって、それが失われることに恐怖を感じる人もいます。
ウォシュレットがなくなったらどうしよう……風呂の自動湯張りシステムがなくなったらどうしよう……浴室乾燥がなくなったらどうしよう……オートロックがなくなったらどうしよう……宅配ボックスがなくなったらどうしよう……(以下、えんえんと続く)。

いや、この感情は俺も若干抱いているんですが、しかし子どもの時分を思い返してみれば、当たり前ですが「どれも無かったものばかり」です。
便所は汲み取りだったし、風呂は薪で沸かしてたし(ウチは木工屋だったんで)、水は井戸だったし。
そういう意味でいけば、俺のような「昭和期に成人した世代」は「ダウンサイジングに向いてる」と言えるでしょう。
だって、単に「昔を思い出す」だけのことなんだから。

俺は現在、脱・東京に向けて「最低限必要な設備」と「無ければ無いでどうにかなる設備」の仕分け作業を進めています。
前者の場合は「壊れたら修理するのもやぶさかではない」ですが、後者だったら「壊れたらもう直さない」と決めている。
そうすることで、知らぬ間にわが身に染みついた「飽食」の要素を、徐々にそぎ落としていくのです。

その「訓練」を経て「本来の自分の身の丈に合った暮し」を手に入れられたら、いよいよ「ムダ稼ぎ」をしなくてよくなります。
稼ぐのは、「必要最低限のものだけを置いたささやかな日常」を維持できる程度のお金だけ。
それはつまり、「自分のために使える時間が大幅に増す」ということにつながります。

「生活費稼ぎの仕事に追われて、創作時間がなかなか取れない作家」にとって、これは大きなメリットです。
俺の周りにも、馴染めない会社にイヤイヤ勤めながら創作活動をしている作家がいますが、そうした人間も「ムダ稼ぎの負荷」から解放されれば、もっと「本来やりたいこと」に身が入るようになるはず(ただし、「だから傑作がものにできる」とは限りませんけどね)。

「生活コストが日本一高い東京」で暮らし続ける限り、人生のダウンサイジングは難しい。
そういうこともあって、俺は「脱・東京」をしたいと思うんです。

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