東京脱出バナー

移住の準備を進めていく中で、しばしばこんなことを思います。
「あの人がいてくれたらなぁ……」
あの人というのは、俺がかつて「先輩」とか「兄さん」とか呼んで信頼していた人物です。
歳は俺より2つ上で、いつもニコニコしていて穏やかな人柄(つまり、俺の正反対)でした。
ここでは仮に「Yさん」としておきましょう。

先輩といっても知り合ったのは30歳近くになってからで、正確に言えば「呑み会で知り合った、高校の同級生の職場の先輩」です。
性格的には全然違うのになぜかウマが合い、地元に帰るたびにあちこち遊びに行ってました。
野外ホビーが大好きな人だったので、一緒に釣りに行ったり、アウトドアショップを回ったりしていて、きっと今回の移住に関しても様々な助言をしてもらえたと思うのです。
とはいえ、それはもはや叶いません。
Yさんは40歳になる直前に「過労死」をしてしまいました。

俺と知り合った頃は、誰でも知ってる大手不動産チェーンを退職し、求職中でした。
その後、小さな個人不動産会社に転職したのですが、あまり居心地が良くなかったのか数年で退職し、けっきょく古巣の大手へ復帰しました。
でも、今にして思えば、それが間違いだった。

Mさんからは夜更けによく電話がかかってきたんですが、その内容がどんどん変わっていきました。
昔はほぼ例外なく「××警察ですが」というオフザケから始まり、「……あのねぇ兄さん、たいがいにしときなさいよ」と俺が突っ込むのがお約束でした。
それがいつからか、ため息交じりの「……あ~、疲れたよ。もう、やんなっちゃたよ……」から始まるようになりました。
そして必ず「……“DASH村”みたいな暮らしがしたいなぁ……」と言うのです。
「DASH村」というのは日本テレビの長寿番組『鉄腕DASH』の人気コーナーのこと。
ジャニーズグループ・TOKIOの面々が福島県の過疎の山村でスローライフ体験をする、といった内容です(3・11後は「DASH島」へと企画変更)。

たぶんYさんは日々の尋常でない仕事量によって疲弊しきり、鬱病の初期段階だったのだろうと思います。
それなりに場数を踏んでそちら方面の知見を重ねた現在ならば的確なアドバイスができるのですが、当時の俺は全くの無知状態でした。
今の俺なら何をさておいてもすっとんで行き、ぶん殴ってでも仕事を辞めさせるところですが、その時はこんな見当違いな助言をしてしまったんです。
「兄さんさぁ、そんなクヨクヨしてたってイイことなんてないんだから、『××歳まで勤め上げたらそこでリタイアして、後の人生は好きなようにして過ごす』みたいな目標を立てて、そこまで頑張ればいいじゃん」
まったくもって誤ったアドバイスですが、Yさんは「……うん、そうだね」と反論することもなく、静かに笑っていました。

定期的にかかってきていたYさんからの電話が急に途絶えても、忙しかった俺はさほど気にしませんでした。
「あっちも忙しいんだろう」くらいにしか思わず、「ま、今度帰った時に会えばいいや」と軽く考えていたのです。
正月の帰省前にこちらからかけたら、「おかけになった電話番号は現在は使用されていません」というメッセージが流れてきましたが、この時も「機種変更でもしたんだろう。ま、そのうち連絡があるさ」としか思いませんでした。

Yさんのお母さんから電話が来たのは、正月休みが終わって帰京してすぐのこと。
俺が出した年賀状を見てかけてきた、と前置きしたうえで、お母さんはこう告げました。
「息子は去年の秋に亡くなりました」

お母さんの話によれば、Yさんは職場の週末定例飲み会の後、駐車場の車の中で暖房をかけた状態で仮眠し、そのまま目覚めることはなかったそうです。
眠ったのが土曜の未明だった為、出社してきた同僚が異変に気付いたのは月曜の朝になってからだったといいます。

この件は、警察は「事故」として対処したようですが、さっきも言ったように、俺は「過労死」だと思っています。
中間管理職としてサンドイッチ状態でのトラブル処理に常に追われていた話は聞いていましたし、毎週末に「全員強制参加」の呑み会があることも知っていました。
「呑み会なんて仕事じゃないんだからさぁ、疲れてるんなら断っちゃえばいいじゃんか。俺はそんなメンドクサイの、一度も出たことないぜ」
こんなことを言ったこともありましたが、そういうのは「出来る者」と「出来ない者」がいるんですよね。
俺は前者だから断れるけど、人が好いYさんはそういうわけにはいかない。
「自分に出来ることは他人だって出来る」と思ってしまってはいけないとよく言いますが、まさにその通りだと思います。

以降、俺はオーバーワークで疲弊しきってる人を見たら「命さえ無事なら後はどうにでもなるんだからさ、とにかく今の仕事は一刻も早く辞めたほうがいいよ」と勧めるようにしています。
「無責任な!」と言われることも多々ありますが、命より大事な仕事なんかはありません。
とはいえ、子どもの頃から高い目標を掲げられ、「あそこを目指すことだけが全てだ」と叱咤さればがら育った人にとって、「上流志向からのドロップアウト」というのはおそらくは至難の業。
理屈では「やめるべき」と分かっていても、体が言うことをきかなかったりします。

そうした人たちの為にも「ドロップアウトで得られる幸福」を身をもって示したい、と俺は考えます。
勿論、「そんなことするくらいなら死んだほうがマシだ!」という方はいるでしょうから、そういう方はこれまで通りの道を歩んでいかれればいい。
俺がしてるのはあくまで「忠告」「助言」であって、「命令」ではないんですから。
自分と他人の間にある、踏み越えるべきではない「壁」の存在くらい、イイ歳してるんですから知ってますよ。

ただ、ことYさんに限っては、たとえ嫌われてでも「壁」を超えたかった。
俺がこれからやろうとしていることは、例のDASH村のコンセプトとかなり共通点があるわけですから、Yさんだって色々と楽しめるはずだし、Yさんのスキルを貸してもらえたら俺も助かる。
「たら・ればなんてのは考えるだけ無駄」なんてことを普段から口にしてる俺ですが、Yさんのことを思い出すたびに、その「無駄なコト」を考えてしまうのです。
あの時、あんな風にできていたら……
その時、こんな感じにしていれば……

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