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いま思うと、戦後昭和とはまったくもってスゴイ時代でした。
ほんわかしたノスタルジー視点から「良い時代だった」と言う人も多いですが、俺から見ると「スゴイ時代だった」のです。

子どもたちはいつも甘い物に飢えており、学校の行き帰りには民家の庭先に咲くサルビアの蜜を舐め舐め渇望を抑えました。
小遣いも限られていたのでマトモな菓子などは買えず、安くて間がもちやすい「甘い味が付けられた紙」だとかをもっぱら食っていました(後年、それに「ニッキ紙」と言う名が付いていたことを知りました)。
いくら味がついているとはいえ、単なる紙(噛みつくして味が無くなるとただのパルプかすに戻るので、地べたにペッと吐き出すのが正しい味わい方です)のことを果たして「菓子」と呼んでいいものか。
また、使われていた甘味料や着色料の安全性もかなり怪しい感じです。
世の中にコンプライアンスなんて概念のなかった時代は、このようにスゴイ時代だったわけですね。

スゴかったのは家庭内も同様です。
子どもが「喉かわいた」とか言うと、今だったら果汁100%ジュース、エエとこのママさんだったらスムージーだとかが出てくるとこですが、我が家では「砂糖水」が出されました。
えぇ、砂糖水です、適量の上白糖を適量の水で希釈したアレです。
イマドキの舌の肥えた坊ちゃん嬢ちゃんならば「ふざけんな! わしゃカブトムシか!?」と怒鳴りつけるところでしょうが、当時の俺は「わーい、砂糖水だ! 甘いです~」と、タラちゃんみたいな無邪気な喜び方をしていました。
もちろん、スーパー(コンビニはまだ無かった)に行けばコーラもファンタもフツーに売ってましたが、我が家はそんなものを買えるほどの財力がなかったので、「最も安価でコーラやファンタに近いテイストのもの」として砂糖水を出していたのです。
戦後昭和のビンボー家庭は、まったくもってスゴかったのであります。

でもね、ニッキ紙や砂糖水で欲求を満たしていた頃が不幸だったかといえば、そういうわけでもないのです。
さすがに砂糖水はアレですが、ニッキ紙はできることならもう一度食ってみたいくらい(ネットを見ると、俺と似たようなこと言ってる人が結構いることが分かります)。

幼少期のニッキ紙&砂糖水ライフを通じて、俺には「ビンボー耐性」がついているのかもしれません。
そういえば学生時代、通学定期の期限が切れ、財布の中にも75円しか入っていなかった時も、特に悲観することはありませんでした。
途中、手持ちの75円でキャラメルを買ってエネルギー補給をしながら数時間かけてアパートまで歩いて帰りました。
歩きのプロとなった今と違い、足は結構シンドかったですが、精神的には全然つらくはなかったですね。

……てことで思うんですが、「ビンボーを楽しめるようになれば人生はどうにでもなる」という気がします。
「貧困」は悲惨ですけど、「ビンボー」はひとつの生き方であるので、心構えさえあれば楽しむことも可能です。
今の俺はハードカバー本くらいは躊躇なく買えますけど、文庫本1冊を買おうか買うまいか書店で1時間悩んでいた頃に戻ったとしても、それはそれでいい気もします。
移住後の経済状況がどのようなものになるかは分かりませんが、ニッキ紙と砂糖水で生き抜いてきた俺だったら、そこそこイケるんじゃないのかな、と……。

422cover

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