東京脱出バナー

不動産賃貸情報を眺めていると、「並べば座れる始発駅!」みたいなウリをしている物件をよく見かけます。
しかし、それはよく考えると「かなりの郊外」ということで、何らかのアクシデントで鉄道がストップした際のことを考えるとかなり怖い。
歩いて帰るのは絶望的だし、そんな距離のタクシー代を捻出するのは至難の業です。
また、たとえ行きは座れても、帰りに座れなかったら、かなりの時間、非人間的な時間を余儀なくされます。

「じゃあ、近いところに住んだらいいのか」という話ですが、半端に近いところに住んでもいいことはない。
たとえ20~30分であったとしても、郊外からゴトゴト運ばれてくる「人間すし詰め箱」に体を押し込む羽目になるのは、フツーの神経では耐え難いモノです。
それこそ「勤務先の徒歩圏」にでも住まない限り、シンドさからの解放はあり得ない。

人間というのは「慣れる」生き物だから、幼少期から「長距離通学」だとか「殺人ラッシュ通学」なんかをやり続けると、それが「当たり前」になってしまう。
「当たり前」だから「特に辛く感じない」わけです。
でも、それは「心の一部が麻痺しているから」であって、本来ならばとてもじゃないけど耐えられるものじゃない。
「慣れ」という麻酔が切れて心の麻痺が無くなったら、「やってらンねーよ!」てなことになってしまうでしょう。

首都圏の在住者は「電車網が発達しているから」という理由から、かなりの郊外に家を買ったりする。
そうした人たちは、ほとんど「小旅行」といった距離の通勤を毎日続けているわけです。
でも、それがかなり危うい綱渡りだということに、東日本大震災が起きた時に気づいてしまった。
余震が頻発していた頃、まだホームタウンまで結構あるところで電車が不通になって困った人も多かったでしょう。

自分の経験で言うならば、やはり自宅と職場とは徒歩1時間程度で行ける距離がイイと思うのです。
これだとたとえ電車が止まっても「ま、歩きゃいいや」となって、安心できる。
精神衛生上、とってもよろしい。
俺は、だからこういうのが「適切な通勤環境」だと思うんですよ。

もしも今、「不適切な通勤環境」にある方は、心が本式にやられてしまう前に暮らし方を変えてみてはいかがでしょう?
「現在の仕事を離れたら生活が破綻する!」みたいなことは、単なる思い込みですよ。多分。
心の一部麻痺が怖いのは、知らず知らずのうちに肉体まで蝕んでくるところ。
頭では平気なつもりでも、体は耐えかねて悲鳴をあげてるのかも知れません。
俺の知り合いで「ストレスを押し殺し続けていた頃、ある朝、目覚めたら体が動かなくなっていた」という人間がいたけど、そうなる前に「人間らしい暮らし」を送れるようになりましょう。

422cover

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