東京脱出バナー

御年82の脚本家・倉本聰が9年ぶりに手がけた連ドラ『やすらぎの郷』が予想外のヒットを飛ばし、竜超も欠かさず観ています。
一般に倉本先生は「骨太な作家」と言われることが多いですが、俺の印象では「小骨の多い作家」といった感じかな。
重いテーマでも「娯楽」の要素が随所に盛り込まれてるので、どの作品もフツーに面白く観られるんだけど、ツルンと呑みこむことはできない。
ボーッとしながら呑みこんだりしたら、喉に無数の小骨が刺さりまくって大変だ!
だから俺は倉本作品を観る時は、ものすごく咀嚼しているわけなのです。

昭和期のドラマ界は、小骨の多い作家がしのぎを削っていた感じ。
日本人がバブルに向かう道を、札束をのせたお神輿をかついで浮かれながら進んでいった時代、倉本先生は『北の国から』、橋田壽賀子先生は『おしん』、山田太一先生は『ふぞろいの林檎たち』を送り出し、「好事魔多し」と警鐘を鳴らしていました。
御存知の通り、各作品ともドラマ史に残るヒット作となりましたが、しかし視聴者が作家のメッセージをどこまで理解できていたのかは怪しい限りです。
実際、バブル期にはみんな(俺も含めて)大なり小なり醜態を晒していたわけですから。

御存知のように、倉本先生はNHKとのトラブルで脚本家業に嫌気がさし、北海道へ渡りました。
紆余曲折の末、脚本家の看板をおろすことはやめて、富良野を拠点に新たな創作活動を始めたのです。
それは文筆業だけにはとどまらず、劇団活動(俳優・脚本家の養成)も含めて、「土地との共生」を試行している感じ。
このごろ流行りの「コミュニティデザイン」の先駆者と言ってもいいかもしれません。

倉本作品に登場するコミュニティは、どれもそんなにキレイなモノじゃありません。
故・立川談志はかつて「落語とは人間の業の肯定である」と看破しましたが、まさにそんな感じ。
『やすらぎの郷』もそうですが、登場人物たちは人間の滑稽さ、小ずるさ、悲しみ、汚さを露わにし、なのにそれが魅力として映るのです。

これは橋田先生の『渡る世間は鬼ばかり』でも言えることなんだけど、あのクラスの作家は悪人も善人も描きません。
描くのは、人間の中に併存する「イイ部分」と「ヤな部分」。
「おおむね善人なんだけど、こういう非道な部分がある」とか「基本的に意地悪なんだけど、時にこんな優しさを示す」みたいな感じでね。
こういうところが、若い視聴者にも新鮮に映るのかもしれません。

俺の移住計画も「コミュニティ創作」という意味合いが強いものです。
まぁ、劇団とかは作りませんけどね。
土地とどこまで共生できるかは分かりませんが、それなりに面白いコミュニティは作っていきたいと思いますワ。

モノクロ423見本表紙

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