東京脱出バナー

「天才と狂人は紙一重」なんてことを言いますが、両者は「ほぼ同一」と見てもいいような存在です。
ただ単に、同じものを角度変えて見ることで「天才」と映ったり、「狂人」と見えたりするだけなのかもしれない。

今世紀に入ってから従来型の枠に収まらない人たち、「異才」と呼ぶのがピッタリな面々がアチコチで登場しています。
彼ら彼女らが好意的に受け取られて脚光を浴びているのは、端的に言えば「ネット時代」だからかもしれない。
なんらかの権力に承認を受けた者しか全国区の知名度を得られなかった時代なら、ああした人々が表舞台に出る機会はなかっただろうと思います。
だって権力は、予定調和を崩す人間が大嫌いですから。

ネット時代の到来については賛否両論ありますが、「北の果てにいる面白いシロート」の存在を「南の果てにいる面白いモノ好き」が知ることができるようになったのは、やはり大きな恩恵だと思うのです。
権力の承認を得られなければ知名度を上げられなかった時代には、「北の果てにいる面白いシロート」は、たとえどんなに面白くても「町内の人気者」で終わってしまった可能性が大。
まぁ、タモリさんは「九州にいる面白いシロート」から偶然の連鎖の果てに「日本のお昼の顔」になりましたけど、あれはもうレアケース中のレアケースなので参考にはなりません。

いま「異才の人」としてもてはやされている人たちも、ネット時代だから「天才」側の文脈で語られていますが、昔だったら「紙一重の逆側」のほうで見られていた可能性が大。
「天賦の才」というのは狭い世界ではとかく異端視されがちなものですからネ。
狭いエリア内では「狂人」と見られがちな人でも、ネット経由で広い世界とつながれれば、ひょっとしたら「天才現る!」みたいに言われるかもしれませんよ!?

そう考えると、簡単に絶望なんてしちゃったら勿体ない!
絶望するのは、大きな世界に出てプレゼンをしてからでも遅くはありませんから。
もっとも、プレゼンした結果、「狂人」から「大狂人」にランクダウン(別の意味ではグレードアップ?)する場合もありますが、それは俺の責任ではないのであしからず。

425表紙モノクロ

『薔薇族』最新号(No.425)2017年10月21日発売!
お求めはこちらから

電子書籍版(PDF形式)425号も発売中!
お求めはこちらのサイトから

年間定期購読もよろしくお願いします
お申し込みはこちらから

毎週末「読者茶論」をオープン中
詳細情報はこちらから

都内の『薔薇族』委託店・新宿二丁目/新宿御苑すぐ前「模索舎」
MAPはこちら