東京脱出バナー

昭和のドラマの再放送を見ていると、成人男性はほぼ例外なくタバコを吸ってるし、公衆電話から誰かにかけるシーンが頻繁に出てきます。
当時はそんなの「ごくアタリマエの光景」だから、誰も気に留めたりはしませんでした。
イヌが「ワン」と鳴いても誰も振り向かないのと同じです。

けれども2018年の今、そういうシーンを出したら、事態は全然違うでしょう。
「おっ、こいつ、タバコなんて吸ってるぞ。これはきっと何かの複線に違いない」
「どうしてわざわざ公衆電話なんて使うんだ? 何か深い意味があるかもしれない・・・」
こんな風に捉える視聴者が続出することでしょう。

でも、じつは大した意味なんてないのかもしれない。
ただ単に「根性のある喫煙者」だとか、「たまたまケータイを忘れてきた」とか、そんな感じの。
しかし、喫煙や公衆電話通話がアタリマエの風景だった時代を知らない世代から見れば、タバコや公衆電話は「何らかの意味性を持ったアイテム」なんですよねェ。

これは理屈ではいかんともしがたい事柄で、昭和世代が泣いても笑っても憂いてもどうにもならない。
「あきらめなさい」としか言えないわけです。
だけど人間て大なり小なりみんなファシストだから、世の中の基準を「自分色」に染めたいと思ってしまう。
ネット上ではそういう人たちが「自分の価値観と異なる人間」を全否定しようと躍起になっているわけです。

俺の場合、自分の中のファシストを抑える術として、他人とは「王道」とか「平均」とかの話をしないようにしています。
すれば、どうしたって自分の流儀を押しつけたくなりますからネ。
同時に、自分の流儀を押しつけてくる相手とはなるたけ接触しないのも大事。
不毛な交友関係を結ぶくらいなら、ひとりでいるほうがよほど精神衛生上ヨロシイというものでしょう。
というわけで本日も俺は、平成世代に理解されようがされまいが関係ナシに、昭和ドラマを観るのです。

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