東京脱出バナー

BS12の『寺内貫太郎一家』の再放送を観るのが最近のささやかなお楽しみなんですけどネ、やはりあの時代(昭和40年代)のドラマは良いですねェ。
向田邦子の脚本が素晴らしいのはまぁ言うまでもないですが、そこに描かれた人物の裏表の使い分けがまたサイコーなんです。

たとえば主人公・貫太郎の母であるきん婆さん(70歳。でも演ってる樹木希林は31歳)は嫁(加藤治子)のことを裏では「里子サンて、あったま悪いだろ?」とかクサしているんだけど、面と向かってはおくびにも出さない。
また、里子も姑のことを基本的に立ててるんだけど、慌てた拍子に「つむじはちょっと曲がってますけど、根はイイ人なんですヨ」と本音がポロッとこぼれちゃったりして。
今の若者の倫理観だと「裏表があることは悪いこと」となっちゃいますが、そんな短絡的なこと言ってたら世間なんて円滑には回っていきません。

前に読んだ麻生圭子の京都エッセーで、京都人の裏表の使い分けについて触れてました。
古い町家に引っ越す際、夜中に作業をしていたら、壁一枚で接している隣家のどこからか「麻生さん、夜は寝ましょう」という声が。
翌日、あわてて近所を回って詫びを入れたところ、どこの家の人も「まァ、何のことですやろ。全然気が付きませんでしたわァ~」と首を振るのだそうです。
このあたりの「使い分け」を、麻生さんは「必要以上に事を荒立てないための京都人の知恵」と捉えたそうです。

京都人の「他者との距離の取り方」というのはまったくもって絶妙で、他地域の人間から見れば「水臭い」「冷たい」「怖い」と言われたりしますが、寺貫を観ていると「東京の人間でも昔は京都並みの芸当ができていたのかな?」と思います。
まぁ、あれはフィクションだから「ただ単に向田邦子サンが対人の達人だっただけ」かもしれませんが、ひとつ言えるのは「裏表ナシで世間はキチンと回らない」ということ。
人間は「バカ正直」「愚直」が一番だ、みたいなこと言ってたら、要らん諍いばっか怒っちゃいますよ。
バカ正直は「バカ」、愚直は「愚か」だということをちゃんと理解しましょーネ。

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