東京脱出バナー

ちょっと気になるレストランがあるんですけど、そこがちょっとお高いんですよ。
なんで「何かの記念日にかこつけてハードルを超えよう」とたくらんだんですよ。
で、ちょうど今月が誕生日なんで、「じゃ、それで」と一瞬だけ思ったんですが、よく考えたら誕生日で祝われるのは自分じゃなくて「産んで育ててくれた親」だという気がしてきました。
大変な思いをしたのはあくまで親であって、自分はただ「生まれてきただけ」で何にもしてないスからね。

自分の場合は春の生まれなんで母親もそれほどキツくはなかったかもしれませんけど、臨月が「酷暑の時期」とかだったら、こりゃ他人事ながら大変だ。
今はクーラーが普及してるからまだマシだけど、俺が生まれたのはまだ60年代半ばですからね、身重の体ではさぞキツかろう。
なんで真夏生まれの人とかは、誕生日にはまず「クソ暑いなか、大きいお腹で過ごさせてすいませんでした。そしてありがと」と感謝しましょう。

とはいえ、この理屈は万人に当てはまるものではないでしょう。
いわゆる「毒親」みたいな保護者だった場合、「感謝なんて誰がすっか! バカたれ」と思うかもしれやせん。
いや、その人はそれでいいんです。
「誕生日=親をディスる日」ならそれはそれでいいんで、ディスりながらでも「自分が生まれてきた意味」について考えてみませんか。
なんかちょっとは世間との関わり方にも変化が生じるかもしれませんよ?

で、冒頭のレストランの件ですが、ちょうど今年の8月で「文章でお金を得るようになって30年」なんで、そっちの祝いで行こうかな、と。
これはまぁ「自分の継続力のたまもの」なんで、祝ってもバチは当たらないかな、とか思います。

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