ピーターパン家庭

オトナになることを拒否する心理状態のことを意味する「ピーターパンシンドローム」。その延長線上にあるものが、昨今云われる「友達親子」であると僕は考えている。「オトナになりたくない」状態のまま結婚して出産した男女が「オヤジやオフクロになりたくない」親(あくまでも戸籍上での)となり、僕から見れば「奇妙な共棲関係」を結ぶのである。

親というのは「眼前に壁として立ちはだかる、乗り越えるべき存在」であるから、子は親を上回る存在になろうとあがき続け、たとえ上回れなかったにしてもソレナリの成長を遂げる。けれども友達というのは「気楽に関われる並列的存在」に過ぎないので、人間的成長にはさほど影響しない。たとえ友人でも「ライバル」であればまだいいのだが、友達親子を実践する人たちというのは、そうした切磋琢磨的な関係を基本的に好まない。あくまでも「気楽さ」を最優先するからである。

親が絶対君主的に君臨している家庭というのは確かに息苦しそうで僕もイヤだが、親であることのリスクを親が放棄しているような「ピーターパン家庭」というのも同じくらいヤだなァ。「親であることのリスク」というのは、平たく云えば「子の育成について負っていく責任」のことだ。それを負いたくないから「友達」的な並列関係を選ぶというのは、あまりにも安直すぎないだろうか。

まだ幼児であるわが子のことを、ほとんど同レベルの幼い情緒で口汚く罵っている父親(巻き舌の、ほとんどチンピラ口調)というのを路上で何度か見かけたことがあるが、あーゆー「親らしくふるまうことを拒否した親」というのも「友達親子」の延長線上の存在であるのだろうかネ? もしもそうなら、僕の厭世観はますます進む一方である。

毎週末「読者茶論」をオープン中
詳細情報はこちらから

『薔薇族』最新407号発売中
お求めはこちらから

年間定期購読もよろしくお願いします
お申し込みはこちらから