“替え歌”という文化

こないだテレビ番組の中で往年の名フォークソング「学生街の喫茶店」(1972年 GARO)がかかっていて、「ああ、良い曲だなァ・・・」とシミジミ思ったのだが、学校で当時流行ったその曲の“替え歌”のことも同時に思い出していた。

あの時代のガキども(僕も含む)というのはあらゆるヒット曲の替え歌バージョンをこさえていて、それはたぶん全国レヴェルの傾向なのであった。今のようにネット経由で一気に情報を伝播させられる時代じゃなかったので、おなじ局の替え歌であっても地域々々でそれぞれバージョンが違っていて、そこがまた面白かったネ。

たとえば小柳ルミ子の『瀬戸の花嫁』でいえば、オリジナル版の「瀬戸は 日暮れて」が、「瀬戸ワンタン 日暮れ天丼」という食い物ヴァージョンと、「瀬戸わんや 日暮れてんや」という芸人ヴァージョン(この頃は“獅子てんや・瀬戸わんや”というオッサンの漫才コンビが人気者だったのヨ)に分かれて歌われていた。俺らの学校では前者のほうが広まっていたのだが、それは食い意地がはっていたからであろうかネ?

おそらく最も多くのヴァージョンの替え歌が作られたのは『レインボーマン』の主題歌で、こないだテレビで特集していたのだが、ホトンド全都道府県版がありそうな勢いなのであった。ウチの地区のも含めて、どれもクッダラナイ歌詞なのだが、しかし「各人が創意工夫をこらして独自のものを作る」という姿勢については評価できるのではないかと思う。

今でも替え歌という“文化”が子どもの世界に存在するのかは定かではないが、ふりかえると、アレはアレでなかなか良い“アタマの体操”になっていたような気がする。高尚だろうがクダラナかろうが、「知恵をしぼる」という行為そのものに価値があるのだ。

ちなみに僕らが歌っていた『学生街の喫茶店』の替え歌は、「トイレにはまった男が、もがいたあげくに水洗のヒモを引いてしまう」といったイカニモ小学男児的発想のショーモナイものであった(どうやって水洗トイレのちっちゃな便器にはまるのだ!?)。「時は流れた」というサビの歌詞が「俺は流れた」に変えられてオチになっているのだが、そんなモノでも当時は大笑いしたっけなァ・・・。あ、いや、今はもうちょっとギャグのセンスは上がってますヨ。

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