長文書きなんて“慣れ”ですワ。

「よくあんな長い文章を書けますねェ~」などと感心されることがあるが、そんなのは単なる“慣れ”の産物にすぎないので感心するにはあたりません。というか、僕だって小学生の頃の作文の授業では「400字」という文字数に頭をクラクラさせていたものです。それが今では「10000字」だって「エ~、たったそれっぽっちィ~!?」と口をとんがらせるようになってしまっている。慣れとはホントに恐ろしいもモンですネ。

長文が苦にならない理由として、慣れと共に挙げられるのは“テーマ”ですネ。小学校のときの作文は、ハッキリ云って「クソつまんない」題材を与えられて「書かされていた」から、わずか400字程度のボリュームでも苦になっていた。スポーツというものの価値をひとかけらも認めていない子どもに対して「運動会の思い出」なんてお題を出したところで、盛り上がるはずがないでしょ!? (今ならえんえんと批判文とか書くだろうけど、当時はまだそこまでキツイ性格ではなかったしネ)

そういえば、僕が最初にものにした長文は、小学五年のときに書いた“小説”だったっけ。元々は漫画家志望だったんだけど、アホじゃないかと思うくらい漫画の達者な女の子がクラスにいて、「ヤバイ! これは絵ではぜったいに勝てんぞ」とアセッた末に「文章だけでできる勝負の場」へと転向したのです。あ~、幼いころから「ウケる」ということには貪欲だったのだなァ、僕ってば。

毎週末「読者茶論」をオープン中
詳細情報はこちらから

『薔薇族』最新407号発売中
お求めはこちらから

年間定期購読もよろしくお願いします
お申し込みはこちらから