日本は「のび太的な強さ」を目指せ

最近では様々な面において「強い日本に!」といったスローガンが耳につくが、「強さって、何かね?」(ドラマ『北の国から ’92 巣立ち』における菅原文太ふうに読んでください)。

それは『ドラえもん』でいうなら、ジャイアン的な「強さ」(=圧倒的な腕力)なのか、スネ夫的な「強さ」(=他をしのぐ財力)なのか、出来杉くん的な「強さ」(=抜きんでた知力)なのか、しずかちゃん的な「強さ」(=心をとらえる愛嬌力)なのか? 戦後の日本は、出来杉くん的な強さによって目ざましい復興を遂げたものの、スネ夫的な強さをひけらかしたせいで世界から嫌われていった、という道を歩んできた。そして凋落し、次に目指すのがジャイアン的な強さであるならば、もはや救いがない気がするのだが・・・。

「強さ」というのは、じつはのび太にだってちゃんとあって、それは「しぶとさ」である。毎日あれだけイジワルをされたり、バカにされたりし続けたら、並のヤツだったら心を病むかして引きこもってしまうでしょ? でものび太は毎日学校へ行き、凝りもせずにジャイアン・スネ夫にからんでいく。なんというしぶとさ! 一見「根性なし」に見えるのび太であるが、じつはものすごいクソ根性の持ち主なのである。

もしも今後「強い日本」を目指すのであれば、それは「のび太的な強さ」であると思うのだ。国家も国民もアレを体得できれば、閉塞的な状況もきっと打破できるはずだ。誘涙の名篇「さようなら ドラえもん」における、やられてもやられても決してあきらめず、ついにジャイアンに「悪かったおれの負けだ。許せ」と云わせたのび太のしぶとさが発揮できれば、たとえば周辺国とのゴタゴタにだって変化をもたらせると思うのだが、どーでしょ?

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